Monday, January 16, 2006

53. New York, NY


From "Top of the Rock"


From "Top of the Rock"


Ground Zero


Times Square


From Battery Park


Sunday Branch "East Meets West" @ Blue Note


"Die Fledermous (The Bat)" @ The Metropolitan Opera

Neighbourhood


先日、とある友人に言われた。「father complexでしょ? 私も。だから、私たち彼氏ができないのよ。」…う。返す言葉もない。母にさえ、いわれたことがある。「あなた、お父さんの相手ばかりしてあげてたら、お嫁に行けなくなるわよ。」 縁起でもない。

ちょっと古いが、壇ふみと阿川佐和子の名エッセイが、あまりにおもしろいので、一時期はまったことがあった。「ああ言えば、こう食う」「まだ、ふみもみず」「いつもひとりで」…、 止まらない。二人とも、壇一雄、阿川弘之という作家の父をもち、同年代で、独身。ユーモアと品と教養で、家族のこと、日常のこと、仕事のことを、綴ってい る。読んだことのある方も多いと思うが、私たち30代の女性だけでなく、男性諸氏にもお勧めできる。特に、娘から見た父の記述くんだりがおもしろい。こん な父娘の関係になれたら…、とよく思った。

作家と女優の父娘に、我が親子を比べたら天罰が下りそうだが、我が父は、ごく普通の、高度成長 期を支えた、典型的な日本のサラリーマンだった。昭和一桁生まれで、神奈川県藤沢で生まれ育ち、海が好きで、横須賀の米軍基地から流れてくる音楽を聴い て、独学で覚えたピアノを弾く。料理をするのが好きで、よく作ってくれる。週末に父の手料理を食べるのが、私と兄の幼い頃の楽しみだった。私が大学一年生 のときに定年退職し、その後は本格的に農業をはじめた。母の実家がたまたま農家だったため、まとまった土地を無料で借りることができたのが、幸運だった。 年に二十種類ほどの野菜を作り、土を愛す。父が畑を始めてからは、母は野菜を買わないで済んでいる。夢だった手押し耕運機を買って、「これ、僕のロールス ロイス」なんて言っている。

私が、大学時代や社会人になってから、悩んでいることがあるときには、決まって父は畑を手伝わせた。せっかく の週末、いろいろやることがあるのにな…と思いながら、私も、しぶしぶ手伝いをはじめるが、不思議と、土をいじっているうちに、気持ちが晴れてくる。日が 暮れ始めると、採れたての野菜を近所に少し配り、残った野菜で父と夕飯を作る。父の料理は、相変わらず、美味しい。母は、家で子供を教えているため、仕事 があるので、我が家はジェンダーが逆である。

私が小学生の頃や、中高の頃は、こんなことは考えられなかった。銀行員だった父は転勤や単身 赴任も多く、日曜日でさえ接待ゴルフにでかけ、ほとんど家にいなかった。夏休みにも、なかなか家族旅行にさえ行けなかった。定年退職後、土をいじり始めて から、穏やかになった父を見て、人は変わるものだ、とつくづく思った。

母と再婚の父に、私以外にもう一人娘がいる、ということを初めて父 から聞いたのは、私が東ティモール・イギリスから帰ってきた、なんと一昨年前だった。再婚であるのはよく知っていたが、長年会いたくても会えない娘がい る、というのは知らなかった。母も兄も親戚も、誰も私に話さなかったとはいえ、私も自分の鈍感さにほとほと呆れた。何故、父が私に必要以上の愛情を傾ける のかも、やっと理解した。

そんな父も今年、73歳を迎える。昨年末、貝にあたり、倒れて額を打った。なんとか体調を回復させて、年始に NYまで会いに来てくれたが、額の傷が痛々しい。最近は右足が痛いと、杖をつきはじめ、休み休みのNY観光だった。今年60歳になる母の方は、子供たちが 待っている教室を休みにできないといって、今回は一緒にNYへは来られなかった。休みにしたほうが、子供たちは嬉しいのでは…、と思うが、やはりそうでも ないらしい。

我が母は、幼いころに親を両方とも病気で亡くしているので、できるときに親孝行をしておきなさい、と強く勧める。「あなた、 今頃になっても、まだ学生やってるし、しかもその後、アフリカで働きたいなんていってるんじゃ、孫は当分先ね…。でもいいのよ。あなたは、あなたの人生を 歩みなさい。」 もはや、返す言葉は何も出てこない。

ここ数日で、御めでたいニュースを友人たちから、あちこち戴いた。
新年早々、景気がいい。

心より、おめでとう、おめでとう!

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