国連首脳会合での仕事を終えた翌日の土曜日、先日のブログでも紹介した、World Leaders Forum(コロンビア大学主催)に参加した。1週間、開催される中、一回分の講演しか参加できない。迷った末、土曜日に開催されたタラバニ・イラク大統領を選んだ。忘れられない、印象深い講演となった。
当日は、厳戒な警備体制が敷かれ、登録者は講演一時間半前には会場に来るよう、前日に連絡が入った。警官によるセキュリティ・チェックを受け、鞄を隅から隅まで調べられた後、無事、会場に入る。待つこと一時間半。大統領が現れると、会場からの拍手がなかなか鳴り止まなかった。テロの戦渦を生き残り、紆余曲折を経てこの会場で講演するまでに至った、彼の無事と混乱の中のリーダーシップを、まるで讃えているかのようだった。
講演と質疑応答の要旨は、同級生のブログに譲りたい。→
会場には政府関係者も多くいたが、モデレーター役を務めた大学学長が、質疑応答の機会を学生に優先させてほしいと最初に断ると、ふたつあったマイクの後ろには、学生の長い列がひっきりなしに続いた。矢継ぎ早に、コロンビア生らしい、若くて勢いのあるリベラルな質問がぽんぽん出てくる。学長は、それを隣で、誇っているようにも見えた。
草案されている憲法の条項、テロ対策やアルカイダ対策、サダム・フセインの処遇、米軍によるアブグレイブ収容所での虐待、大量破壊兵器開発疑惑、米英武力行使の正当性と是非、今後のイスラエルとの外交関係、テロ対策としての教育や保健などの社会政策…。タラバニ氏は、限られた時間の中、ひとつひとつの質問に対し、慣れた様子で丁寧に簡潔に答えていった。トルコ系クルド人の男子学生が、クルドの建国はどうなったのだと訊ねれば、大統領は息子に諭すように、神が決めることだ、もはやそういう時ではない、と応じた。
中でも、保健衛生を勉強するイラク人女学生と、タラバニ大統領のやりとりが、会場の胸を打った。「毎日、祖国と家族を想いながら勉強している、卒業後は一刻も早く国に戻り、祖国の人々のために働きたい、復興に参加したい、安全でなければ帰れない、女性も社会で働ける環境になっていてほしい。」 勇気を振り絞って大統領に請う女学生に対し、タラバニ氏は「あなたのような国民が早く帰れるよう、今必死で治安回復と国造りを進めている。テロに屈せず、イスラムの教えと照らして憲法を草案している。暫定閣僚の中には数名の女性も入閣させた。治安を回復させ、あなたが安心して帰ることができ、働けるような国にする」と応えると、女学生は泣きだしてしまった。泣き虫の私などは、彼女が話し始めた時点から既に、ほろほろしてしまった。前回の憲法に比べ、イスラム色が強まるとされる今回の草案では、女性の地位の制限が危ぶまれたが、最終的には議会における25%の席を女性に割り当てることが明記された。
時間になり、講演は盛大な拍手で、幕を閉じた。帰り際、大統領は足を止めて振り返り、私もいつか若い学生たちに教えてみたいとずっと思っていたんだ、今日は有難う、と言って、会場をあとにした。
Monday, September 19, 2005
Sunday, September 18, 2005
41. The UN World Summit
昨日まで三日間、国連首脳会合(UN World Summit)で、Media Liaison Assistantとして働いた。今年の国連総会は、創立60周年を記念し、国連改革の断行の年としたい節目でもある。国連広報局(DPI)が、SIPAやNYUなどの学生や国連インターンなど50人ほどを掻き集め、180カ国近くから集まるマスコミ対応にあたらせた。私としては、東ティモールの国連でも広報を担当し、その前もテレビの仕事をしていたので、まあごく自然の成り行きで申し込んだ。
前日夜までは、Security Passや仕事内容について二転三転があり、広報局にはだいぶイライラさせられたが、当日の仕事内容は至って単純だった。私は主に、メディア・センターと呼ばれる、マスコミ用に仕立てられた作業場が担当になった。各国首脳の演説原稿を配布用に大量に用意したり、広報資料を整理したり、時々ドキュメント・センターとを往復したりするくらい。まあ、ボランティアですから。コピーとりに終始しました。合間に、各国の演説原稿を読んだり、DPIのスタッフとおしゃべりしたりと、それはそれで結構楽しかった。そんな中、二日目と三日目は、合間を縫って、総会議場(General Assembly Hall)のギャラリー席で、小泉首相前後の演説を聴いたり、署名式場にて、東ティモールの条約署名式を覗いたりする機会にも恵まれた。
総会議場二階のギャラリーは、新聞などプリントメディア用の席。少しの間だけだったが、何人かの同僚ボランティアと共に、演説に聞き入りながら、1階の各国代表団傍聴席を眺めていた。演説が進む中、緒方貞子氏が日本代表部の傍聴席に姿を現した。しばらくして、小泉首相が席に到着。何カ国かの代表が、席まで挨拶に訪れる。やがて日本の順番が来て、首相が演壇に上がる。が、日本の前に演説したサウジのアブドラ国王と共に、多くの中東系の代表団やマスコミ関係者が、一斉に席を立ち去る姿が目立った。こういうのは、ちょっとやりきれない。小泉さんの英語での演説が始まったが、選挙後の多忙スケジュールを押し切った疲れが、額ににじんでいた。期待していたいつものあの覇気・迫力が見えなかったのが、残念だった。内容は一通り、いつものとおり。人間の安全保障、平和構築、敵国条項の削除、安保理改革・国連改革の遂行など。最後、氏が、改革への行動力について触れる部分が、印象的でした。
三日目に覗きに行った、東ティモールの条約署名式は、ラモス・ホルタ外相による。彼は、96年にノーベル平和賞を受賞した、東ティモールのリーダーの一人。久々の姿に、惚れ惚れ。今年の総会は、アルカティリ首相が演説したようで、私の大好きなシャナナ・グスマオ大統領を拝めなかったのが心残り。そうこうしているうちに、最終日三日目を終えました。
今回のボランティアを振り返ると、先ほども述べたように、前日夜までDPI側のすったもんだやトラブルで、一時は仕事もできないかと思ったが、結果的には、三日間コピーとりに明け暮れ、あっという間に終了してしまった。最後に、広報局のsupervisorが、必要以上にねぎらいの言葉をくれたのが、印象的だった。楽しいコピーとりだったが、それはそれなりに嬉しくもあり、彼女の人柄に感謝した。前日夜、ボランティアの不満が頂点に達っしたときには、ぶつぶつ言いながら十字架を切ってその場を乗り切った、信仰心の深い、愛すべき、おばあちゃんsupervisorだった。私の中のWorld Summitは、彼女とともに記憶されるだろう。
東ティモールのResident Coordinator Unit(駐在代表室)で広報をしていたときは、PKO MissionであるUNMISETの広報部とSpokesperson Officeと、いつも一緒に仕事をしていたので、フィールドからHQ NYのDPI(広報局)と何度かやりとりをしたことがあった。いつかDPIのニュース部門で働いてみたいと、昔はよく憧れたものだった。さて、ふーむ…。
前日夜までは、Security Passや仕事内容について二転三転があり、広報局にはだいぶイライラさせられたが、当日の仕事内容は至って単純だった。私は主に、メディア・センターと呼ばれる、マスコミ用に仕立てられた作業場が担当になった。各国首脳の演説原稿を配布用に大量に用意したり、広報資料を整理したり、時々ドキュメント・センターとを往復したりするくらい。まあ、ボランティアですから。コピーとりに終始しました。合間に、各国の演説原稿を読んだり、DPIのスタッフとおしゃべりしたりと、それはそれで結構楽しかった。そんな中、二日目と三日目は、合間を縫って、総会議場(General Assembly Hall)のギャラリー席で、小泉首相前後の演説を聴いたり、署名式場にて、東ティモールの条約署名式を覗いたりする機会にも恵まれた。
総会議場二階のギャラリーは、新聞などプリントメディア用の席。少しの間だけだったが、何人かの同僚ボランティアと共に、演説に聞き入りながら、1階の各国代表団傍聴席を眺めていた。演説が進む中、緒方貞子氏が日本代表部の傍聴席に姿を現した。しばらくして、小泉首相が席に到着。何カ国かの代表が、席まで挨拶に訪れる。やがて日本の順番が来て、首相が演壇に上がる。が、日本の前に演説したサウジのアブドラ国王と共に、多くの中東系の代表団やマスコミ関係者が、一斉に席を立ち去る姿が目立った。こういうのは、ちょっとやりきれない。小泉さんの英語での演説が始まったが、選挙後の多忙スケジュールを押し切った疲れが、額ににじんでいた。期待していたいつものあの覇気・迫力が見えなかったのが、残念だった。内容は一通り、いつものとおり。人間の安全保障、平和構築、敵国条項の削除、安保理改革・国連改革の遂行など。最後、氏が、改革への行動力について触れる部分が、印象的でした。
三日目に覗きに行った、東ティモールの条約署名式は、ラモス・ホルタ外相による。彼は、96年にノーベル平和賞を受賞した、東ティモールのリーダーの一人。久々の姿に、惚れ惚れ。今年の総会は、アルカティリ首相が演説したようで、私の大好きなシャナナ・グスマオ大統領を拝めなかったのが心残り。そうこうしているうちに、最終日三日目を終えました。
今回のボランティアを振り返ると、先ほども述べたように、前日夜までDPI側のすったもんだやトラブルで、一時は仕事もできないかと思ったが、結果的には、三日間コピーとりに明け暮れ、あっという間に終了してしまった。最後に、広報局のsupervisorが、必要以上にねぎらいの言葉をくれたのが、印象的だった。楽しいコピーとりだったが、それはそれなりに嬉しくもあり、彼女の人柄に感謝した。前日夜、ボランティアの不満が頂点に達っしたときには、ぶつぶつ言いながら十字架を切ってその場を乗り切った、信仰心の深い、愛すべき、おばあちゃんsupervisorだった。私の中のWorld Summitは、彼女とともに記憶されるだろう。
東ティモールのResident Coordinator Unit(駐在代表室)で広報をしていたときは、PKO MissionであるUNMISETの広報部とSpokesperson Officeと、いつも一緒に仕事をしていたので、フィールドからHQ NYのDPI(広報局)と何度かやりとりをしたことがあった。いつかDPIのニュース部門で働いてみたいと、昔はよく憧れたものだった。さて、ふーむ…。
Monday, September 12, 2005
40. The 2nd Semester - MPA Core Courses
今学期の各授業について。
a. Public Management & Institutional Analysis
b. Politics of Policy Making
c. Micro Economic & Policy Analysis
d. Quantitative Techniques
a. Public Management & Institutional Analysis (William Eimick)
MPAの必須科目。Western Bootsを履きこなし、Power Pointを駆使してManagementについて語るという、噂のProf. Eimick。最初の授業は、"What went wrong in New Orlens?" という題で、ハリケーン・カトリーナの対応について、主に9・11テロの対応と比較して議論された。
b. Politics of Policy Making (Robert Lieberman)
略して、PoP。MIAコースが、Conceptual Foundationという授業を通年必須科目としてとる代わりに、MPAコースは全員、このPoPを通年必須として履修しなくてはいけない。最初の授業は、政策立案(Policy Making)について。民主的な政府においては、政策立案とは政治と科学のせめぎあいである、という話。煙草や地球温暖化のケースを例に挙げていた。
PoPは、毎週2時間のこういった講義とは別に、週に2時間、少人数のDiscussion Classが付属する。Teaching Assistant(TA)と学生で、ケース・スタディを使いながら、授業内容をフォローアップする。私のクラスは今のところ16人くらい。たまたま欧米とアジアからの学生が集まった。米4人、仏、英、日4人、中2人、韓、ネパール、ブータン、インドといった顔ぶれ。日本人学生も含め、政府で働く学生がほとんどだ。ネパール、ブータン、インドからの学生は特に優秀組で、語学もネイティブ並み。日本人は、経産省からの二人と元記者一人に私。TAは米女性で、この夏はヒラリー・クリントン上院議員のところでサマー・インターンをしていたとのこと。Disの進め方も、結構よかったので、当たりかしら…。
最初のケース・スタディーは、空港の騒音問題について。空港側マネージャー、管制塔やパイロットなど技術職、住民、州航空局、コンサルタントなどの関係者を一同に会し、問題解決をconcensus buildingで探るという設定。今回は最初の自己紹介などで時間をとられ、ケースについては深いところまでは議論できなかったが、これから1年進められるDis Classの「感じ」を掴むことはできた。今回は欧米系の学生がDisをleadしていったが、いずれ、欧米系政府とアジア系政府の文化や価値観、システムの違いが、議論になりそう。春入学生で仲良くしている友人も一緒だったので、なんとかやっていけそう。
c. Micro Economic & Policy Analysis (Fillipo Tadder)
今年から新しく教師陣として加わった新教授。イタリア人かしら? 若くてユーモアもあるので、これならなんとか、私の乏しい勉強意欲も維持していけるかしら…と、MIAで経済を教える人気の貴公子Bubula先生を横目に。週二回の講義に、Lab一回。後期は、マクロ経済が待っている。この1年、先も長いので、楽しみながら勉強したいところです。
d. Quantitative Techniques I (Alan Yang)
統計。先生が、男前でシブイ。貴公子Bubulaも素敵だが、私はこのAlan Yangの方がいい。(やっかみが、半分以上。)統計は、興味が薄く苦手意識が強いぶん、これならなんとか頑張れそう、と懸命に気持ちを盛り立ててみる。しかし、妙にキザな先生でもある。(おそらく、○イ。)彼の特徴のある話しぶりや身振りが、つい気になってしまい、統計どころではなかった。要点を囁くように早口で話すので、一生懸命聞き取ろうとすると、突然、訳のわからないところで、声を張り上げる。これからがポイントか!と思いなおし、聞いていると、もうたいしたことを話さない。…よって、二時間が経過。彼の抑揚のある話しぶりに振り回され、授業終了。うーん…。
以上のMPA Core Courses に加え、もう一つ授業を取る予定だが、これは少し迷っている。Bettsの War, Peace, and Security を取る考えだったが、reading の課題が多すぎて、全ての授業をこなせるか、少し不安。軽い授業がひとつでも、欲しいところなので、いろいろほかの授業を覗いてみて、決めようと思う。
そんなこんなで、二学期目に突入です。
a. Public Management & Institutional Analysis
b. Politics of Policy Making
c. Micro Economic & Policy Analysis
d. Quantitative Techniques
a. Public Management & Institutional Analysis (William Eimick)
MPAの必須科目。Western Bootsを履きこなし、Power Pointを駆使してManagementについて語るという、噂のProf. Eimick。最初の授業は、"What went wrong in New Orlens?" という題で、ハリケーン・カトリーナの対応について、主に9・11テロの対応と比較して議論された。
b. Politics of Policy Making (Robert Lieberman)
略して、PoP。MIAコースが、Conceptual Foundationという授業を通年必須科目としてとる代わりに、MPAコースは全員、このPoPを通年必須として履修しなくてはいけない。最初の授業は、政策立案(Policy Making)について。民主的な政府においては、政策立案とは政治と科学のせめぎあいである、という話。煙草や地球温暖化のケースを例に挙げていた。
PoPは、毎週2時間のこういった講義とは別に、週に2時間、少人数のDiscussion Classが付属する。Teaching Assistant(TA)と学生で、ケース・スタディを使いながら、授業内容をフォローアップする。私のクラスは今のところ16人くらい。たまたま欧米とアジアからの学生が集まった。米4人、仏、英、日4人、中2人、韓、ネパール、ブータン、インドといった顔ぶれ。日本人学生も含め、政府で働く学生がほとんどだ。ネパール、ブータン、インドからの学生は特に優秀組で、語学もネイティブ並み。日本人は、経産省からの二人と元記者一人に私。TAは米女性で、この夏はヒラリー・クリントン上院議員のところでサマー・インターンをしていたとのこと。Disの進め方も、結構よかったので、当たりかしら…。
最初のケース・スタディーは、空港の騒音問題について。空港側マネージャー、管制塔やパイロットなど技術職、住民、州航空局、コンサルタントなどの関係者を一同に会し、問題解決をconcensus buildingで探るという設定。今回は最初の自己紹介などで時間をとられ、ケースについては深いところまでは議論できなかったが、これから1年進められるDis Classの「感じ」を掴むことはできた。今回は欧米系の学生がDisをleadしていったが、いずれ、欧米系政府とアジア系政府の文化や価値観、システムの違いが、議論になりそう。春入学生で仲良くしている友人も一緒だったので、なんとかやっていけそう。
c. Micro Economic & Policy Analysis (Fillipo Tadder)
今年から新しく教師陣として加わった新教授。イタリア人かしら? 若くてユーモアもあるので、これならなんとか、私の乏しい勉強意欲も維持していけるかしら…と、MIAで経済を教える人気の貴公子Bubula先生を横目に。週二回の講義に、Lab一回。後期は、マクロ経済が待っている。この1年、先も長いので、楽しみながら勉強したいところです。
d. Quantitative Techniques I (Alan Yang)
統計。先生が、男前でシブイ。貴公子Bubulaも素敵だが、私はこのAlan Yangの方がいい。(やっかみが、半分以上。)統計は、興味が薄く苦手意識が強いぶん、これならなんとか頑張れそう、と懸命に気持ちを盛り立ててみる。しかし、妙にキザな先生でもある。(おそらく、○イ。)彼の特徴のある話しぶりや身振りが、つい気になってしまい、統計どころではなかった。要点を囁くように早口で話すので、一生懸命聞き取ろうとすると、突然、訳のわからないところで、声を張り上げる。これからがポイントか!と思いなおし、聞いていると、もうたいしたことを話さない。…よって、二時間が経過。彼の抑揚のある話しぶりに振り回され、授業終了。うーん…。
以上のMPA Core Courses に加え、もう一つ授業を取る予定だが、これは少し迷っている。Bettsの War, Peace, and Security を取る考えだったが、reading の課題が多すぎて、全ての授業をこなせるか、少し不安。軽い授業がひとつでも、欲しいところなので、いろいろほかの授業を覗いてみて、決めようと思う。
そんなこんなで、二学期目に突入です。
Sunday, September 11, 2005
39. New Start..., SIPA, Again.
さて。6日から授業が始まりました。夏(休み気分)が終わってしまったので、今回は、大学と授業について。こうして勉強できるのは、日本政府と世銀の共同奨学金制度、Joint Japan/World Bank Scholarshipのおかげということで、ご報告がてらです。。日本人枠レギュラー・プログラムを通して、学費全額の他、生活費の約2/3の支給を受けています。感謝してもしきれませぬ。
在学するSIPA(School of International and Public Affaris: 国際公共政策大学院)は、Columbia University のなかにある二年制の大学院。60年代初期にCIAが建てたという、古いのっぺらなビルが校舎。これには、がっかりする生徒も多いが、外見はともかく、国際関係学修士(MIA:Master of International Affairs)と、公共政策学修士(MPA:Master of Public Affairs)という、2種類の学位が提供されている。
国際関係と公共政策の2つのコースには、それぞれConcentrationと呼ばれる専門分野が用意されている。国際関係から、開発、経済、金融、エネルギー、安全保障、人権、メディア。公共政策からは、マネジメント、政策分析、都市政策、社会政策。どちらのコースに所属していても、学生は自分の興味や職務に合わせて、どちらの専門でも自由に選んだり、デザインすることもできる。専門とは別に、国連研究、紛争解決、人道援助の3つのプログラムもある。SIPA内に限らず、ビジネス・スクール、ロー・スクール、ジャーナリズム学院、教育学院、公衆衛生学院、ソーシャル・ワークなどの、各スクールが提供するクラスを、組み合わせて履修できる。細かい話になれば学生の文句や不満はつきものだが、基本的には自分の専門性に沿って、1000以上のopen classの中から授業を選べるのが、SIPAの魅力のひとつだ。
日本では大学院というと研究というイメージがあるかもしれないが、SIPAは、ビジネス・スクールなどと同様、Professional Schoolと呼ばれるタイプ。職業訓練が主な目的で、卒業後に職場で使えるスキルを学ぶ。修士論文はなく、経済と統計の他、インターンやワークショップが必須科目になっている。ワークショップは人気科目のひとつ。開発や公共政策のワークショップでは、実社会のクライアントの要請に学生がこたえる形で、NYやフィールドで、リサーチやプロジェクト・プロポーザル作成などを、主に行う。SIPAの目玉科目のひとつでもある。
学生数は、学部全体で900人あまり、と大規模。うち留学生が5割を占め、100カ国以上から来ている。通常とおり秋から始める学生は、MIA 315人とMPA 105人。私のように1月から始めた春入学生は、約50人で、うちMPAの春入学生にいたっては、15人程。私の場合は、9月からイギリスの大学院に行く予定だったが、奨学金を貰えることがわかってから、初めてSIPAを受けたので、春になってしまった。コースの履修に中途半端なだけで、特に何の違いもないが、二回インターンやサマーコース履修のチャンスがある、といえばある。
学生の平均年齢は約27歳。主に国際関係を学ぶため、生徒のバックグラウンドは多国籍なだけでなく、多様。公務員、金融関係、メディア、NGO、Peace Corpなど、まことに雑多。元軍人や警官もいる。米国の学生が半数を占めるが、留学生は、世界中、ロシア・東欧、中南米、アジア、アフリカから集まっている。思ったよりも、アフリカからの学生が少なかったのが残念だった。でも皆、各地を飛び回ってきた、もしくは各地を飛び回っていく人が多いので、私は仲間を見つけられた気になれて、嬉しい。
SIPAの強みは、何よりもその立地。金融、メディア、国際政治の舞台であるNYにあり、特に国連とのネットワークが強い。授業とは別に、NYを出入りする研究者、実務家、フィールド・ワーカー、専門家などを招いた、BBL(ブラウン・バッグ・ランチ)や講演会、試写会が、年賀ら年中、校内で開かれる。数年前より、毎年9月には、国連総会に訪れる各国首脳を招いたWorld Leaders Forumも、SIPA主催で開催されている。Jeffery Sachs教授がhost役となって、今年はGlobal Developmentをテーマに行われ、イラクのタラバニ新大統領をはじめ、パキスタンのムシャラフ大統領、インドネシアのユドヨノ大統領、ルワンダ・カガメ大統領ほか、シェラレオネ・カバー大統領、フィンランド、ポーランド、グルジア、セルビア…から、各国首脳が立ち寄るらしい。国際ニュースをやっていた私にとって、ブラウン管ではなく一人でも本物が見られるなんて、ゾクゾクしてしまう。楽しみ。
しかし、本業は勉強…。目下のところ頭を痛めている、肝心の今学期の履修授業について。
私自身は、大学時代に(学部レベルでしかないが)国際関係と開発について学んだので、さんざ迷った末、大学院では公共政策を選んだ。もともとは、ガーナと東ティモールでの経験を踏まえ、紛争後に荒廃した社会をいかに立て直していくか、東ティモールの国造りと平和構築の経験を、特に紛争後の西アフリカ諸国(リベリアやシェラレオネ、スーダンなど)やアフガニスタン、イラクなどに、どう応用できるか、ということについて学びたいと思って、最終的にSIPAを選んでここに来た。平和構築における民主化と人間の安全保障(Human Security)を常に念頭におきながら、試行錯誤しつつ授業を選んでいる。MPAの必須授業の中で Democratic Governanceについて学ぶ一方で、専門の安全保障と国際人権で知識を身につけたいと考えているが、まあとにもかくにも、現在も試行錯誤中である。
とはいえ、私の今学期は、MPAの必須授業4クラスを履修しなくてはならず、実は選択の余地もあまりない。どれも、講義形式の授業に加え、ラボやディスカッションなどの付属授業がついているので、これからは、Group Work に追われる毎日になりそうだ。
在学するSIPA(School of International and Public Affaris: 国際公共政策大学院)は、Columbia University のなかにある二年制の大学院。60年代初期にCIAが建てたという、古いのっぺらなビルが校舎。これには、がっかりする生徒も多いが、外見はともかく、国際関係学修士(MIA:Master of International Affairs)と、公共政策学修士(MPA:Master of Public Affairs)という、2種類の学位が提供されている。
国際関係と公共政策の2つのコースには、それぞれConcentrationと呼ばれる専門分野が用意されている。国際関係から、開発、経済、金融、エネルギー、安全保障、人権、メディア。公共政策からは、マネジメント、政策分析、都市政策、社会政策。どちらのコースに所属していても、学生は自分の興味や職務に合わせて、どちらの専門でも自由に選んだり、デザインすることもできる。専門とは別に、国連研究、紛争解決、人道援助の3つのプログラムもある。SIPA内に限らず、ビジネス・スクール、ロー・スクール、ジャーナリズム学院、教育学院、公衆衛生学院、ソーシャル・ワークなどの、各スクールが提供するクラスを、組み合わせて履修できる。細かい話になれば学生の文句や不満はつきものだが、基本的には自分の専門性に沿って、1000以上のopen classの中から授業を選べるのが、SIPAの魅力のひとつだ。
日本では大学院というと研究というイメージがあるかもしれないが、SIPAは、ビジネス・スクールなどと同様、Professional Schoolと呼ばれるタイプ。職業訓練が主な目的で、卒業後に職場で使えるスキルを学ぶ。修士論文はなく、経済と統計の他、インターンやワークショップが必須科目になっている。ワークショップは人気科目のひとつ。開発や公共政策のワークショップでは、実社会のクライアントの要請に学生がこたえる形で、NYやフィールドで、リサーチやプロジェクト・プロポーザル作成などを、主に行う。SIPAの目玉科目のひとつでもある。
学生数は、学部全体で900人あまり、と大規模。うち留学生が5割を占め、100カ国以上から来ている。通常とおり秋から始める学生は、MIA 315人とMPA 105人。私のように1月から始めた春入学生は、約50人で、うちMPAの春入学生にいたっては、15人程。私の場合は、9月からイギリスの大学院に行く予定だったが、奨学金を貰えることがわかってから、初めてSIPAを受けたので、春になってしまった。コースの履修に中途半端なだけで、特に何の違いもないが、二回インターンやサマーコース履修のチャンスがある、といえばある。
学生の平均年齢は約27歳。主に国際関係を学ぶため、生徒のバックグラウンドは多国籍なだけでなく、多様。公務員、金融関係、メディア、NGO、Peace Corpなど、まことに雑多。元軍人や警官もいる。米国の学生が半数を占めるが、留学生は、世界中、ロシア・東欧、中南米、アジア、アフリカから集まっている。思ったよりも、アフリカからの学生が少なかったのが残念だった。でも皆、各地を飛び回ってきた、もしくは各地を飛び回っていく人が多いので、私は仲間を見つけられた気になれて、嬉しい。
SIPAの強みは、何よりもその立地。金融、メディア、国際政治の舞台であるNYにあり、特に国連とのネットワークが強い。授業とは別に、NYを出入りする研究者、実務家、フィールド・ワーカー、専門家などを招いた、BBL(ブラウン・バッグ・ランチ)や講演会、試写会が、年賀ら年中、校内で開かれる。数年前より、毎年9月には、国連総会に訪れる各国首脳を招いたWorld Leaders Forumも、SIPA主催で開催されている。Jeffery Sachs教授がhost役となって、今年はGlobal Developmentをテーマに行われ、イラクのタラバニ新大統領をはじめ、パキスタンのムシャラフ大統領、インドネシアのユドヨノ大統領、ルワンダ・カガメ大統領ほか、シェラレオネ・カバー大統領、フィンランド、ポーランド、グルジア、セルビア…から、各国首脳が立ち寄るらしい。国際ニュースをやっていた私にとって、ブラウン管ではなく一人でも本物が見られるなんて、ゾクゾクしてしまう。楽しみ。
しかし、本業は勉強…。目下のところ頭を痛めている、肝心の今学期の履修授業について。
私自身は、大学時代に(学部レベルでしかないが)国際関係と開発について学んだので、さんざ迷った末、大学院では公共政策を選んだ。もともとは、ガーナと東ティモールでの経験を踏まえ、紛争後に荒廃した社会をいかに立て直していくか、東ティモールの国造りと平和構築の経験を、特に紛争後の西アフリカ諸国(リベリアやシェラレオネ、スーダンなど)やアフガニスタン、イラクなどに、どう応用できるか、ということについて学びたいと思って、最終的にSIPAを選んでここに来た。平和構築における民主化と人間の安全保障(Human Security)を常に念頭におきながら、試行錯誤しつつ授業を選んでいる。MPAの必須授業の中で Democratic Governanceについて学ぶ一方で、専門の安全保障と国際人権で知識を身につけたいと考えているが、まあとにもかくにも、現在も試行錯誤中である。
とはいえ、私の今学期は、MPAの必須授業4クラスを履修しなくてはならず、実は選択の余地もあまりない。どれも、講義形式の授業に加え、ラボやディスカッションなどの付属授業がついているので、これからは、Group Work に追われる毎日になりそうだ。
Saturday, September 10, 2005
38. The Last Day of Summer
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