Sunday, September 18, 2005

41. The UN World Summit

昨日まで三日間、国連首脳会合(UN World Summit)で、Media Liaison Assistantとして働いた。今年の国連総会は、創立60周年を記念し、国連改革の断行の年としたい節目でもある。国連広報局(DPI)が、SIPAやNYUなどの学生や国連インターンなど50人ほどを掻き集め、180カ国近くから集まるマスコミ対応にあたらせた。私としては、東ティモールの国連でも広報を担当し、その前もテレビの仕事をしていたので、まあごく自然の成り行きで申し込んだ。

前日夜までは、Security Passや仕事内容について二転三転があり、広報局にはだいぶイライラさせられたが、当日の仕事内容は至って単純だった。私は主に、メディア・センターと呼ばれる、マスコミ用に仕立てられた作業場が担当になった。各国首脳の演説原稿を配布用に大量に用意したり、広報資料を整理したり、時々ドキュメント・センターとを往復したりするくらい。まあ、ボランティアですから。コピーとりに終始しました。合間に、各国の演説原稿を読んだり、DPIのスタッフとおしゃべりしたりと、それはそれで結構楽しかった。そんな中、二日目と三日目は、合間を縫って、総会議場(General Assembly Hall)のギャラリー席で、小泉首相前後の演説を聴いたり、署名式場にて、東ティモールの条約署名式を覗いたりする機会にも恵まれた。

総会議場二階のギャラリーは、新聞などプリントメディア用の席。少しの間だけだったが、何人かの同僚ボランティアと共に、演説に聞き入りながら、1階の各国代表団傍聴席を眺めていた。演説が進む中、緒方貞子氏が日本代表部の傍聴席に姿を現した。しばらくして、小泉首相が席に到着。何カ国かの代表が、席まで挨拶に訪れる。やがて日本の順番が来て、首相が演壇に上がる。が、日本の前に演説したサウジのアブドラ国王と共に、多くの中東系の代表団やマスコミ関係者が、一斉に席を立ち去る姿が目立った。こういうのは、ちょっとやりきれない。小泉さんの英語での演説が始まったが、選挙後の多忙スケジュールを押し切った疲れが、額ににじんでいた。期待していたいつものあの覇気・迫力が見えなかったのが、残念だった。内容は一通り、いつものとおり。人間の安全保障、平和構築、敵国条項の削除、安保理改革・国連改革の遂行など。最後、氏が、改革への行動力について触れる部分が、印象的でした。

三日目に覗きに行った、東ティモールの条約署名式は、ラモス・ホルタ外相による。彼は、96年にノーベル平和賞を受賞した、東ティモールのリーダーの一人。久々の姿に、惚れ惚れ。今年の総会は、アルカティリ首相が演説したようで、私の大好きなシャナナ・グスマオ大統領を拝めなかったのが心残り。そうこうしているうちに、最終日三日目を終えました。

今回のボランティアを振り返ると、先ほども述べたように、前日夜までDPI側のすったもんだやトラブルで、一時は仕事もできないかと思ったが、結果的には、三日間コピーとりに明け暮れ、あっという間に終了してしまった。最後に、広報局のsupervisorが、必要以上にねぎらいの言葉をくれたのが、印象的だった。楽しいコピーとりだったが、それはそれなりに嬉しくもあり、彼女の人柄に感謝した。前日夜、ボランティアの不満が頂点に達っしたときには、ぶつぶつ言いながら十字架を切ってその場を乗り切った、信仰心の深い、愛すべき、おばあちゃんsupervisorだった。私の中のWorld Summitは、彼女とともに記憶されるだろう。

東ティモールのResident Coordinator Unit(駐在代表室)で広報をしていたときは、PKO MissionであるUNMISETの広報部とSpokesperson Officeと、いつも一緒に仕事をしていたので、フィールドからHQ NYのDPI(広報局)と何度かやりとりをしたことがあった。いつかDPIのニュース部門で働いてみたいと、昔はよく憧れたものだった。さて、ふーむ…。

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